誰が現金を持っているのか

朝日新聞に以下の記事が上がっていた。「内部留保」という曖昧な表現が使われていない。

企業の現預金、最多の211兆円 人件費はほぼ横ばい:朝日新聞デジタル

私は有料会員ではないので、全文は読めないが、読める範囲だけでもいくつか疑問が湧いてくる。ここでは現金保有に限定して詳しく見てみる。データは法人統計調査のサイトからダウンロードした。サイト上からは1960年からのデータをダウンロードできるものの、後に見る企業サイズ別の分析をし、そこで一貫したデータが取得できるのが1975年からであるため、以下は全て1975年以降のものである。注釈などの一貫性がない点についてはご容赦を。

まずは全体像を確認する。金融業を除いた全産業の総額は以下の変遷である。記事時中に211兆円とあるが、2016年時点では確かに210兆9590億円となっている。記事中では「リーマン・ショック」という表現があるが、上昇トレンドは2000年あたりから見られる。なお、1989年あたりに1つのピークがあるのが確認できる。

f:id:yamadee:20171113121520p:plain

企業が現金を貯えているのは日本でも米国でも、少なくともここ10年にわたって指摘されている事実であり、なんら面白みがない。

ここでは、せっかく法人統計調査を用いているので少し掘り下げている。同調査では、企業サイズ別の総額が掲載されている。そこで、サイズ別(具体的には(1)資本金1千万未満 (2)1千万円以上 - 1億円未満 (3)1億円以上 の3グループに分けて分析を行う。

現金比率の比較

コーポレート・ファイナンスの現金の研究で多く見られる定義である現金比率、具体的には資産合計で現金を除したもの、を算出して、サイズ/時系列での変化を確認した。結果は以下のとおりである。直近、なんとなく上昇傾向が存在すると言えるような言えないような、何とも言えない結果である。

それより目につくのが、大きな企業群の低さである。1990年には14%であったものが、徐々に減少し2008年に5.9%にまで減少した。その後は上昇してはいるものの、それでも8.5%であり、2016年時点での他のグループが20%程度であること、1990年代の水準と比較してかなり低い水準である。

f:id:yamadee:20171113122346p:plain
1社あたりの平均現金保有額

1社あたりの現金保有は増えていなくても、企業数自体が増えているのであれば、総額が増えるのは自然である。そこで、サイズごとに、現金保有額を調査対象企業数で除することで、1社あたりの平均現金保有額を算出した。大きなサイズの企業が、絶対的に多くの現金を溜めているのは直感的である。そこで、ここでは2000年の1社あたり現金保有が1になるように基準化を行うことで、時系列での変化が容易になるようにした。結果は以下の図のとおりである。

特徴的なのは、1990年前後の値である。平均現金保有額が2000年のそれの2倍程度ある。直近では2000年あたりから増加傾向にはあるものの、それでも1990年の水準には達していない。

サイズごとに大きな差異は見られなかった。直近年では最も大きな企業群(資本金1億円以上)が大きな値であることが分かる。ただし、ここ数年では、最も小さな企業群(資本金1千万円未満)が大きい時期もあったことも見て取れるため、一概に差があるとは言いにくい。

 

f:id:yamadee:20171113120904p:plain

 

結論
  • 企業サイズは大きく現金保有に影響する。とくに大企業はそれほど現金を持っていない
  • 時系列で確認すると、バブル期と比較して依然として低い水準

マクロデータなので、個々の企業の特徴を調整できないのが歯がゆい。とくに利益と投資との関係は何ら分析できていないので、だれか未公開企業を含む大きなデータを購入して提供して下さい。